- 集合と写像
- 実数の絶対値
- Rn とベクトル
- ノルムの基本的な性質
- 三角不等式
距離空間とは、集合の2点 x,y の「距離」を表す関数 d(x,y) が定められた空間である。
通常のユークリッド空間における距離だけでなく、マンハッタン距離や離散距離など、距離の測り方を変えることで同じ集合上にも異なる距離空間を定めることができる。
距離空間は位相空間の重要な例であり、距離を用いて開集合、閉集合、収束、連続性などを定義できる。
距離空間の概念は、ユークリッド幾何学における距離の概念を抽象化したものである。20世紀初頭、Maurice Fréchet によって抽象的な距離空間の考え方が導入され、その後の位相空間論や関数解析の基礎となった。
X を集合とする。写像
d:X×X→R
が任意の x,y,z∈X に対して以下を満たすとき、d を 距離関数(metric)と呼び、(X,d) を 距離空間(metric space)と呼ぶ。
- d(x,y)≥0(非負性)
- d(x,y)=0⟺同値x=y(非退化性)
- d(x,y)=d(y,x)(対称性)
- d(x,z)≤d(x,y)+d(y,z)(三角不等式)
また、非退化性を
x=y ⟹ ならばd(x,y)=0
だけに弱めたものを 擬距離(pseudometric)と呼び、(X,d) を 擬距離空間(pseudometric space)と呼ぶ。
擬距離では、異なる2点 x=y に対して d(x,y)=0 となることが許される。
X=Rn とする。
d(x,y)=i=1∑n(xi−yi)2
と定めると、(Rn,d) は距離空間をなす。
これは通常のユークリッド空間で用いられる距離である。
非負性
各項について
(xi−yi)2≥0
であるから、
d(x,y)≥0
である。
非退化性
d(x,y)=0
であることと
i=1∑n(xi−yi)2=0
であることは同値である。各項は非負なので、これはすべての i について
xi=yi
であることと同値である。したがって
d(x,y)=0⟺同値x=y.
対称性
(xi−yi)2=(yi−xi)2
であるから、
d(x,y)=d(y,x)
が成り立つ。
三角不等式
ユークリッドノルムを ∥⋅∥2 と書けば
d(x,z)=∥x−z∥2=∥(x−y)+(y−z)∥2.
Minkowski の不等式より
∥(x−y)+(y−z)∥2≤∥x−y∥2+∥y−z∥2
であるため、
d(x,z)≤d(x,y)+d(y,z)
が成り立つ。
X=Rn として
d(x,y)=i=1∑n∣xi−yi∣
と定めると、(Rn,d) は距離空間をなす。
三角不等式は実数の絶対値についての
∣xi−zi∣≤∣xi−yi∣+∣yi−zi∣
を各 i について足し合わせれば得られる。
X=Rn とし、原点を 0 とする。x,y が原点を通る同一直線上にある場合と、それ以外の場合に分けて
d(x,y)={∥x−y∥∥x∥+∥y∥(x,y が原点を通る同一直線上にある場合),(その他の場合)
と定める。
この距離を フランス鉄道距離(French railway metric)などと呼ぶ。
原点をパリ、各直線をパリから伸びる鉄道路線と考えると、同じ路線上の2点間では直接移動できるが、異なる路線上の点の間では一度原点を経由する必要がある、というモデルになっている。
この d は距離関数となる。
元の式 ∃a∈R:x=ay だけでは y=0 の場合などに「同一直線上」という条件を正確に表現できないため、ここでは幾何学的条件を明示している。
X=Rn として
d(x,y)=1≤i≤nmax∣xi−yi∣
と定めると、(Rn,d) は距離空間をなす。
各 i について
∣xi−zi∣≤∣xi−yi∣+∣yi−zi∣
であるため、
imax∣xi−zi∣≤imax∣xi−yi∣+imax∣yi−zi∣
が成り立つ。
任意の集合 X に対して
d(x,y)={01(x=y),(x=y)
と定める。この d を 離散距離 と呼ぶ。
離散距離は距離の4条件をすべて満たすため、(X,d) は距離空間をなす。
任意の集合 X に対して
d(x,y)=0
と定める。この d を 密着擬距離 と呼ぶことがある。
非負性、対称性、三角不等式は満たすが、X に異なる2点が存在するとき
d(x,y)=0\centernot ⟹ ならばx=y
であるため、一般には距離ではなく擬距離である。
距離らしい式であっても、距離関数の公理を満たすとは限らない。
例えば R 上で
d(x,y)=(x−y)2
と定める。この関数は非負性、非退化性、対称性を満たすが、三角不等式を満たさない。
実際、x=0,y=1,z=2 とすると
d(0,2)=4
である一方、
d(0,1)+d(1,2)=1+1=2
であるから
d(0,2)>d(0,1)+d(1,2)
となる。
したがって (x−y)2 は距離関数ではない。
距離空間 (X,d) において、a∈X と r>0 に対して
B(a,r)={x∈X∣d(a,x)<r}
を中心 a、半径 r の 開球 と呼ぶ。
距離空間では、この開球を用いて開集合を定義できる。したがって、すべての距離空間には自然に位相が定まる。
距離空間の概念は、単に幾何学的な長さを測るためだけではなく、数学のさまざまな分野で用いられる。
- 解析学:点列の収束や Cauchy 列を距離によって定義する。
- 位相空間論:距離から開集合族を構成し、距離が誘導する位相を考える。
- 関数解析:関数同士の距離を定義し、関数の収束を扱う。
- 数値解析:近似値と真値の誤差を距離として評価する。
- 機械学習・データ解析:データ間の類似度をユークリッド距離、マンハッタン距離などで評価する。
R 上で
d(x,y)=∣x−y∣
と定める。この d が距離関数であることを示せ。
絶対値の性質から
∣x−y∣≥0,
∣x−y∣=0⟺同値x=y,
∣x−y∣=∣y−x∣
が成り立つ。また、絶対値の三角不等式より
∣x−z∣=∣(x−y)+(y−z)∣≤∣x−y∣+∣y−z∣.
したがって d は距離関数である。
集合 X 上の離散距離について、0<r≤1 のとき開球 B(x,r) を求めよ。
x 以外の任意の y∈X に対して d(x,y)=1 である。
したがって 0<r≤1 なら
B(x,r)={x}
となる。