環とイデアルの定義
- 集合と写像
- 二項演算
- 群とアーベル群
- 部分群
- 整数・有理数・実数・複素数
- 行列と多項式
環とは、加法と乗法という2つの演算を備え、加法についてアーベル群をなし、乗法について結合律を満たし、さらに加法と乗法の間に分配律が成り立つ代数系である。
この記事では乗法単位元 を持つ環を環とする。
さらに乗法が可換である環を可換環という。
一方、環 の部分集合 が加法について部分群をなし、環の任意の元を掛けても の中にとどまるとき、 をイデアルという。
イデアルは整数における「倍数」の概念を一般の環へ拡張したものと考えることができる。
環とイデアルの概念は、19世紀の代数的整数論を背景として発展した。
特にイデアルの概念は、代数的整数の一意分解が一般には成り立たない問題を扱う過程で、クンマーの「理想数」の考え方を経てデデキントによって体系化された。
その後、ヒルベルトやネーターらによって抽象的な環論が発展し、現在では可換環論、代数幾何学、代数的整数論などの基礎概念となっている。
集合 に加法
と乗法
が定められているとする。
以下の性質を満たす代数系 を 環 と呼ぶ。
加法について
Section titled “加法について”任意の に対して、
-
加法閉性
-
加法結合律
-
加法単位律
ある が存在して、
-
加法逆元の存在
任意の に対して、ある が存在し、
-
加法可換律
すなわち、
はアーベル群である。
乗法について
Section titled “乗法について”任意の に対して、
-
乗法閉性
-
乗法結合律
-
乗法単位律
ある が存在して、
-
左分配律
-
右分配律
この記事では、このように乗法単位元を持つ環を扱う。
文献によっては、乗法単位元 の存在を環の定義に含めない場合もある。その場合、単位元を持つ環を特に単位的環と呼ぶ。
定義:可換環
Section titled “定義:可換環”環 がさらに任意の に対して、
を満たすとき、 を 可換環 と呼ぶ。
乗法が可換でない環を非可換環という。
整数全体
は通常の加法と乗法について可換環をなす。
有理数体・実数体・複素数体
Section titled “有理数体・実数体・複素数体”はいずれも可換環であり、さらに体である。
包含関係として、
が成り立つ。
を可換環とすると、
は多項式の通常の加法と乗法について可換環をなす。
これを 上の多項式環 という。
より一般に、 が非可換環の場合には の定義には変数 と係数の可換性について追加の取り決めが必要になる。
を環とすると、 の元を成分とする 次正方行列全体
は行列の加法と乗法について環をなす。
の場合、 が可換環であっても一般に
なので、
は代表的な非可換環である。
ただ1つの元からなる集合
に
と定めると環をなす。
この環では
であり、零環と呼ばれる。
整数 に対して、
は通常の加法と乗法について閉じている。
ただし の場合、
なので、この記事のように「環は乗法単位元を持つ」と定義する場合、 は と同じ単位元を持つ環ではない。
一方、乗法単位元を環の定義に要求しない流儀では、 を環とみなすことができる。
また、
は のイデアルの代表例である。
環・整域・体
Section titled “環・整域・体”可換環の中でも、零因子を持たない非零環を整域という。
さらに、 でないすべての元が乗法逆元を持つ可換環を体という。
したがって、
という関係がある。
たとえば、
は整域だが体ではなく、
は体である。
整数環 において、 の倍数全体
を考える。
の元に任意の整数を掛けても、再び の倍数になる。
イデアルは、この「環の任意の元を掛けてもその集合から出ない」という性質を一般の環に抽象化した概念である。
定義:左イデアル・右イデアル・両側イデアル
Section titled “定義:左イデアル・右イデアル・両側イデアル”を環、 とする。
まず、
が の部分群、すなわち
であるとする。
さらに、
を満たすとき、 を 左イデアル という。
を満たすとき、 を 右イデアル という。
両側イデアル
Section titled “両側イデアル”左イデアルかつ右イデアルであるとき、すなわち
が任意の に対して成り立つとき、 を 両側イデアル という。
通常、単に「イデアル」という場合は両側イデアルを指す。
可換環の場合
Section titled “可換環の場合”が可換環ならば、
なので、左イデアル・右イデアル・両側イデアルの区別はなくなる。
したがって、可換環 の部分集合 がイデアルであるとは、
- が の部分群である。
- 任意の に対して である。
ことをいう。
記号では、
などと表す。
イデアルの例
Section titled “イデアルの例”任意の環 に対して、
はイデアルである。
これを零イデアルという。
単位イデアル
Section titled “単位イデアル”環 自身も のイデアルである。
これを単位イデアルという。
任意の に対して、
は のイデアルである。
実際、
ならば、
また任意の に対して、
したがって、
多項式環のイデアル
Section titled “多項式環のイデアル”を体とすると、
は のイデアルである。
これは定数項が である多項式全体に一致する。
イデアルと「倍数」
Section titled “イデアルと「倍数」”整数環では、
は の倍数全体である。
一般の可換環 でも、 に対して
を考えることができる。
これを によって生成される主イデアルという。
したがって、主イデアルは整数における「ある元の倍数全体」という考え方を一般化したものとみなせる。
イデアルを導入する理由
Section titled “イデアルを導入する理由”イデアルを用いることで、次の概念を定義できる。
- 主イデアル
- 素イデアル
- 極大イデアル
- 商環
- イデアルの和・積・共通部分
- 環準同型の核
特に環準同型
の核
は のイデアルになる。
このため、群論における正規部分群と同様に、イデアルは商構造を作るための基本的な部分構造となる。
は のイデアルである。
反例:奇数全体
Section titled “反例:奇数全体”奇数全体の集合
はイデアルではない。
たとえば は奇数だが、
は奇数ではないので、加法について閉じていない。
反例:自然数全体
Section titled “反例:自然数全体”通常の
は の部分集合だが、加法逆元を含まない。
たとえば、
に対して
したがって は環ではない。
なお、 が「乗法を持たない」ため環でないわけではない。通常の自然数には乗法も定義されており、環でない主な理由は加法逆元を持たないことである。
環とイデアルは、次のような分野の基礎となる。
- 可換環論
- 代数的整数論
- 代数幾何学
- ホモロジー代数
- 表現論
特に代数幾何学では、可換環 の素イデアル全体
を幾何学的な空間として扱う。
また、イデアル による商環
を考えることで、合同式や剰余類の概念を一般の環へ拡張できる。
が可換環であることを確認せよ。
整数の通常の加法について、
はアーベル群である。
また整数の乗法は結合的で、
が乗法単位元である。
さらに分配律
が成り立ち、乗法も
と可換である。
したがって、
が のイデアルであることを示せ。
まず、
また、
に対して、
したがって は の部分群である。
さらに任意の と に対して、
よって、
を単位的環、 とする。
ならば であることを示せ。
任意の に対して、
はイデアルで なので、
したがって任意の が に属する。
よって、