- 可換環と R-加群
- R-線形写像
- 直和と自由加群
- 商加群
- 加群準同型定理
- 可換図式
- 普遍性
- 同型写像と逆写像
テンソル積は、2つの R-加群 M1,M2 から新しい R-加群
M1⊗RM2
を作る構成である。
重要なのは、テンソル積が単なる二項演算としてではなく、双線形写像を線形写像へ変換する普遍的な対象として特徴づけられることである。
すなわち、任意の R-双線形写像
g:M1×M2→P
は、標準的な双線形写像
ϕ:M1×M2→M1⊗RM2
を経由して、ただ一つの R-線形写像
ψ:M1⊗RM2→P
として表される。
この普遍性によってテンソル積は同型を除いて一意に定まる。
テンソル積の考え方は、多重線形代数やテンソル解析の発展とともに現れた。
その後、抽象代数学・圏論の発展によって、テンソル積は「双線形写像を線形化する普遍対象」として理解されるようになった。
この普遍性による定義は、加群だけでなく、ベクトル空間、アーベル群、加群圏、ホモロジー代数などで共通して用いられる。
R を可換環、M1,M2,P を R-加群とする。
写像
f:M1×M2→P
が任意の
x,x1,x2∈M1,y,y1,y2∈M2,a∈R
に対して、
f(x1+x2,y)=f(x1,y)+f(x2,y),
f(x,y1+y2)=f(x,y1)+f(x,y2),
f(ax,y)=af(x,y),
f(x,ay)=af(x,y)
を満たすとき、f を R-双線形写像 という。
また、M1×M2 から P への R-双線形写像全体を
\BilR(M1,M2;P)
と書く。
R 自身を R-加群とみなすと、
m:R×R→R,m(a,b)=ab
は R-双線形写像である。
R を可換環、M1,M2 を R-加群とする。
R-加群 T と R-双線形写像
ϕ:M1×M2→T
の組 (T,ϕ) が、後述するテンソル積の普遍性を満たすとき、T を M1 と M2 の テンソル積 と呼び、
T=M1⊗RM2
と書く。
通常、
ϕ(x,y)
を
x⊗y
と表す。
集合
M1×M2
を基底とする自由 R-加群
F:=(x,y)∈M1×M2⨁R(x,y)
を考える。
F の元は有限和
k=1∑nak(xk,yk)
の形で表される。
次に、双線形性を強制するために、以下の元で生成される部分加群を考える。
S1={(x1+x2,y)−(x1,y)−(x2,y)},
S2={(x,y1+y2)−(x,y1)−(x,y2)},
S3={(ax,y)−a(x,y)},
S4={(x,ay)−a(x,y)},
ただし各変数は適切な M1,M2,R の元を動くものとする。
これらの和集合によって生成される部分加群を
S:=⟨S1∪S2∪S3∪S4⟩
とする。
そして、
M1⊗RM2:=F/S
と定める。
ϕ:M1×M2→M1⊗RM2
を
ϕ(x,y):=(x,y)+S
によって定める。
この元を
x⊗y
と書く。
したがって、
x⊗y=(x,y)+S.
商加群では S に属する元は 0 とみなされるため、
(x1+x2,y)−(x1,y)−(x2,y)∈S
より、
ϕ(x1+x2,y)=(x1+x2,y)+S=(x1,y)+(x2,y)+S=ϕ(x1,y)+ϕ(x2,y).
同様に、
ϕ(x,y1+y2)=ϕ(x,y1)+ϕ(x,y2),
ϕ(ax,y)=aϕ(x,y),
ϕ(x,ay)=aϕ(x,y)
が成り立つ。
したがって ϕ は R-双線形写像である。
R を可換環、M1,M2,P を R-加群とする。
標準的な双線形写像
ϕ:M1×M2→M1⊗RM2
に対して、任意の R-双線形写像
g:M1×M2→P
について、
g=ψ∘ϕ
を満たす R-線形写像
ψ:M1⊗RM2→P
がただ一つ存在する。
すなわち、任意の双線形写像はテンソル積を一意的に経由する。
F は M1×M2 を基底とする自由加群なので、g によって
g′:F→P
を
g'\qty\big((x,y)\big)
=
g(x,y)
と定める R-線形写像がただ一つ存在する。
一般の元に対しては、
g'
\qty\bigg(
\sum_{k=1}^n a_k(x_k,y_k)
\bigg)
=
\sum_{k=1}^n a_k g(x_k,y_k)
である。
双線形性より、
\begin{aligned}
g'
\qty\big(
(x_1+x_2,y)-(x_1,y)-(x_2,y)
\big)
&=
g(x_1+x_2,y)-g(x_1,y)-g(x_2,y)\\
&=0.
\end{aligned}
同様に、
g'
\qty\big(
(x,y_1+y_2)-(x,y_1)-(x,y_2)
\big)
=
0,
g'
\qty\big(
(ax,y)-a(x,y)
\big)
=
0,
g'
\qty\big(
(x,ay)-a(x,y)
\big)
=
0.
したがって、
S⊆Kerg′.
S⊆Kerg′ なので、加群準同型定理より、
ψ:F/S→P
で
g′=ψ∘π
を満たす R-線形写像 ψ がただ一つ存在する。
ここで
F/S=M1⊗RM2
であり、
ϕ(x,y)=(x,y)+S
なので、
(ψ∘ϕ)(x,y)=ψ((x,y)+S)=g(x,y).
したがって、
g=ψ∘ϕ.
ψ′ も
g=ψ′∘ϕ
を満たすとする。
テンソル積は純粋テンソル
x⊗y
によって生成されるので、
ψ(x⊗y)=g(x,y)=ψ′(x⊗y)
がすべての x,y について成り立つ。
したがって生成元上で一致するため、
ψ=ψ′.
以上より、ψ はただ一つ存在する。□
テンソル積の普遍性は、双線形写像を普通の線形写像に置き換える働きをしている。
M1×M2 g P
という双線形写像は、
M1×M2 ϕ M1⊗RM2 ψ P
と一意的に因子化される。
したがって、
\BilR(M1,M2;P)
と
\HomR(M1⊗RM2,P)
の間には自然な一対一対応
\HomR(M1⊗RM2,P)≅\BilR(M1,M2;P)
がある。
これがテンソル積の本質的な性質である。
R を可換環、M1,M2 を R-加群とする。
(T1,ϕ1) と (T2,ϕ2) がともに M1,M2 のテンソル積であるとする。
このとき、
i:T1→T2
で
i∘ϕ1=ϕ2
を満たす R-同型写像 i がただ一つ存在する。
したがって、テンソル積は標準写像との整合性を含めて同型を除いて一意である。
T1 の普遍性を ϕ2 に適用すると、
i:T1→T2
で
i∘ϕ1=ϕ2
を満たす R-線形写像 i がただ一つ存在する。
同様に、T2 の普遍性を ϕ1 に適用すると、
i′:T2→T1
で
i′∘ϕ2=ϕ1
を満たす R-線形写像 i′ がただ一つ存在する。
すると、
(i′∘i)∘ϕ1=i′∘(i∘ϕ1)=i′∘ϕ2=ϕ1.
一方、
idT1∘ϕ1=ϕ1.
T1 の普遍性における一意性より、
i′∘i=idT1.
同様に、
i∘i′=idT2.
したがって i′ は i の逆写像であり、
i:T1→T2
は R-同型写像である。□
テンソル積では、双線形性から次の関係が成り立つ。
(x1+x2)⊗y=x1⊗y+x2⊗y,
x⊗(y1+y2)=x⊗y1+x⊗y2,
(ax)⊗y=a(x⊗y)=x⊗(ay).
また、
0⊗y=0,x⊗0=0.
ただし一般のテンソルは必ずしも単一の
x⊗y
の形で表せるわけではなく、有限和
k=1∑nxk⊗yk
として表される。
任意の R-加群 M に対して、
R⊗RM≅M
が成り立つ。
同型は
a⊗x⟼ax
によって与えられる。
アーベル群を Z-加群とみなすと、
Z/mZ⊗ZZ/nZ≅Z/gcd(m,n)Z
が成り立つ。
一般に、
M1⊗RM2=M1×M2.
テンソル積は直積を双線形関係で商した対象であり、その構造と普遍性は直積とは異なる。
テンソル積は次のような分野で中心的な役割を持つ。
- 多重線形代数
- ホモロジー代数
- 可換環論
- 代数幾何学
- 表現論
- 微分幾何学
- テンソル解析
- 量子力学
特に、環準同型
R→S
に対して
S⊗RM
を考えることで、R-加群 M から S-加群を構成できる。これはスカラー拡大と呼ばれる。
テンソル積において、
(x1+x2)⊗y=x1⊗y+x2⊗y
を示せ。
標準写像
ϕ(x,y)=x⊗y
は双線形写像なので、左加法性より
ϕ(x1+x2,y)=ϕ(x1,y)+ϕ(x2,y).
したがって、
(x1+x2)⊗y=x1⊗y+x2⊗y.
任意の a∈R に対して、
(ax)⊗y=x⊗(ay)
を示せ。
双線形性より、
(ax)⊗y=a(x⊗y)
かつ
x⊗(ay)=a(x⊗y)
である。
したがって、
(ax)⊗y=x⊗(ay).
テンソル積が2つ存在したとき、それらが同型になる理由を説明せよ。
各テンソル積の普遍性を互いの標準双線形写像に適用すると、
i:T1→T2,i′:T2→T1
が得られる。
普遍性の一意性から、
i′∘i=idT1,i∘i′=idT2.
したがって i と i′ は互いに逆写像であり、
T1≅T2.