- 環と R-加群
- R-線形写像
- 集合の直積
- 部分加群
- 写像の合成
- 可換図式
- 普遍性の基本的な考え方
R-加群の族 (Mi)i∈I に対して、すべての成分を許す直積
i∈I∏Mi
と、有限個を除くすべての成分が 0 である元だけを集めた直和
i∈I⨁Mi
を考えることができる。
有限個の加群の場合には直積と直和は同型になるが、無限個の場合には一般に異なる。
直和は、各 Mi からある R-加群 M への線形写像 fi の族を、一意的な線形写像
f:i∈I⨁Mi→M
へまとめられるという普遍性を持つ。
圏論的には、R-加群の直積は積、直和は余積に対応する。
直積や直和は線形代数学・群論・加群論で自然に現れる構成である。有限個の場合には両者の違いが表面化しないが、無限族を扱うと「任意の成分を許す直積」と「有限個だけ非零である直和」の違いが重要になる。
20世紀に圏論が発展すると、直積と直和はそれぞれ積と余積という普遍性によって特徴づけられるようになった。この観点では、直和に有限台という条件が現れる理由も、余積として必要な写像を定義するための条件として理解できる。
R-加群の直和を導入するために、まず R-加群の直積を定義する。
R を環、Mi (i∈I) を R-加群とする。
集合としての直積
i∈I∏Mi
の元
(xi)i∈I, (yi)i∈I
に対して、
(xi)i∈I+(yi)i∈I:=(xi+yi)i∈I
および
a(xi)i∈I:=(axi)i∈I(a∈R)
と定める。
このとき、
i∈I∏Mi
は R-加群をなす。
加法についてのアーベル群の公理は各 Mi で成り立つ公理を成分ごとに適用すれば従う。ここではスカラー倍に関する公理を確認する。
\begin{aligned}
a\qty\big((x_i)_{i\in I}+(y_i)_{i\in I}\big)
&=a(x_i+y_i)_{i\in I}\\
&=\qty\big(a(x_i+y_i)\big)_{i\in I}\\
&=(ax_i+ay_i)_{i\in I}\\
&=(ax_i)_{i\in I}+(ay_i)_{i\in I}\\
&=a(x_i)_{i\in I}+a(y_i)_{i\in I}.
\end{aligned}
\begin{aligned}
(a+b)(x_i)_{i\in I}
&=\qty\big((a+b)x_i\big)_{i\in I}\\
&=(ax_i+bx_i)_{i\in I}\\
&=(ax_i)_{i\in I}+(bx_i)_{i\in I}\\
&=a(x_i)_{i\in I}+b(x_i)_{i\in I}.
\end{aligned}
\begin{aligned}
(ab)(x_i)_{i\in I}
&=(abx_i)_{i\in I}\\
&=\qty\big(a(bx_i)\big)_{i\in I}\\
&=a(bx_i)_{i\in I}\\
&=a\qty\big(b(x_i)_{i\in I}\big).
\end{aligned}
1R(xi)i∈I=(1Rxi)i∈I=(xi)i∈I.
以上より、
i∈I∏Mi
は R-加群をなす。□
上の命題によって定まる R-加群
i∈I∏Mi
を R-加群の直積 と呼ぶ。
集合としての直積と R-加群としての直積は、通常同じ記号で表す。
R を環、Mi (i∈I) を R-加群とする。
i∈I⨁Mi:={(xi)i∈I∈i∈I∏Mi xi=0 となる i∈I は有限個}
を R-加群の直和 と呼ぶ。
同値に、
i∈I⨁Mi={(xi)i∈I∈i∈I∏Mi xi=0 が有限個を除くすべての i で成り立つ}.
元 (xi)i∈I に対して
supp(x):={i∈I∣xi=0}
をその台と呼ぶ。この記法を使えば、
i∈I⨁Mi={x∈i∈I∏Mi∣supp(x) は有限集合}
と表せる。
加群の零元は通常 0 と書く。元記事の 0R は環 R の零元を表す記法なので、一般の R-加群 Mi の零元については 0 と書く方が適切である。
各 i∈I に対して、
ιi:Mi→j∈I⨁Mj
を
ιi(x)=(yj)j∈I,yj={x0(j=i),(j=i)
によって定める。
これを第 i 成分の標準包含写像という。
R を環、(Mi)i∈I を R-加群の族、M を R-加群とする。
各 i∈I に対して R-線形写像
fi:Mi→M
が与えられているとする。
このとき、すべての i∈I に対して
f∘ιi=fi
を満たす R-線形写像
f:i∈I⨁Mi→M
がただ一つ存在する。
すなわち、各 fi は直和を経由する一つの写像 f に一意的にまとめられる。
(xi)i∈I∈⨁i∈IMi に対して、
f((xi)i∈I):=i∈I∑fi(xi)
と定める。
直和の定義より xi=0 となる i は有限個しか存在しない。
したがって、右辺は実際には有限和であり、正しく定義されている。
たとえば
supp(x)={i1,…,in}
ならば、
f((xi)i∈I)=λ=1∑nfiλ(xiλ).
x∈Mi に対して、ιi(x) は第 i 成分だけが x で、それ以外が 0 であるから、
(f∘ιi)(x)=f(ιi(x))=fi(x).
したがって、
f∘ιi=fi.
(xi)i∈I,(yi)i∈I∈⨁i∈IMi とする。
\begin{aligned}
f((x_i)_{i\in I}+(y_i)_{i\in I})
&=f((x_i+y_i)_{i\in I})\\
&=\sum_{i\in I}f_i(x_i+y_i)\\
&=\sum_{i\in I}\qty\big(f_i(x_i)+f_i(y_i)\big)\\
&=\sum_{i\in I}f_i(x_i)+\sum_{i\in I}f_i(y_i)\\
&=f((x_i)_{i\in I})+f((y_i)_{i\in I}).
\end{aligned}
a∈R に対して、
f(a(xi)i∈I)=f((axi)i∈I)=i∈I∑fi(axi)=i∈I∑afi(xi)=ai∈I∑fi(xi)=af((xi)i∈I).
したがって f は R-線形写像である。
g:⨁i∈IMi→M も
g∘ιi=fi(i∈I)
を満たす R-線形写像であるとする。
任意の
x=(xi)i∈I∈i∈I⨁Mi
について、台は有限集合なので、
x=i∈I∑ιi(xi)
と有限和として表せる。
したがって、
\begin{aligned}
g(x)
&=
g\qty\big(\sum_{i\in I}\iota_i(x_i)\big)\\
&=
\sum_{i\in I}g(\iota_i(x_i))\\
&=
\sum_{i\in I}f_i(x_i)\\
&=
f(x).
\end{aligned}
よって任意の x に対して g(x)=f(x) であるから、
g=f.
したがって f は一意的に存在する。□
I が有限集合ならば、すべての (xi)i∈I は自動的に有限個の成分しか持たないため、
i∈I⨁Mi=i∈I∏Mi
となる。
特に2つの加群については、
M1⊕M2≅M1×M2.
I が無限集合の場合には一般に、
i∈I⨁Mi⊊i∈I∏Mi.
たとえば、
n∈N⨁Z
には
(1,1,1,…)
は属さないが、
n∈N∏Z
には属する。
R-加群の圏を R-Mod とする。
圏論的には、
i∈I∏Mi
は R-Mod における積であり、
i∈I⨁Mi
は R-Mod における余積である。
したがって、積と余積は互いに双対的な普遍性を持つ。
直和の「有限個を除いて 0」という条件は、任意の写像族
fi:Mi→M
に対して
f((xi)i∈I)=i∈I∑fi(xi)
を通常の有限和として常に定義できるようにする条件である。
この意味で、有限台という条件は直和が余積として普遍性を満たすことと密接に関係している。
直和そのものが常に自由加群であるわけではない。
各 Mi が自由加群であれば、その直和
i∈I⨁Mi
も自由加群になる。
特に、
i∈I⨁R
は基底
{ei∣i∈I}
を持つ自由 R-加群である。
R=Z とすると、
Z⊕Z
の元は
(a,b)(a,b∈Z)
であり、
Z⊕Z=Z×Z.
n∈N⨁Z
の元として、
(1,2,0,0,…)
や
(0,3,0,−1,0,…)
を取ることができる。
どちらも非零成分は有限個である。
(1,1,1,…)
は非零成分を無限個持つため、
(1,1,1,…)∈/n∈N⨁Z.
一方、
(1,1,1,…)∈n∈N∏Z.
この例から、無限直和と無限直積が一般には異なることが分かる。
加群の直和は次のような場面で用いられる。
- 自由加群の構成
- 加群の分解
- 有限生成加群の構造論
- ホモロジー代数
- 完全列
- 圏論における余積
- 次数付き加群の構成
特に集合 I を基底の添字集合とする自由 R-加群は、
R(I):=i∈I⨁R
として構成できる。
次の元のうち、
n∈N⨁Z
に属するものをすべて求めよ。
(1,0,2,0,0,…),(1,1,1,1,…),(0,0,0,…).
直和に属するための条件は、非零成分が有限個であることである。
したがって、
(1,0,2,0,0,…)
と
(0,0,0,…)
は直和に属する。
一方、
(1,1,1,1,…)
は非零成分を無限個持つので属さない。
R-線形写像
fi:Mi→M
が与えられているとする。
直和の普遍性によって定まる
f:i∈I⨁Mi→M
を具体的に表せ。
f((xi)i∈I)=i∈I∑fi(xi)
である。
(xi)i∈I の非零成分は有限個なので、この和は有限和として定義できる。